和歌山大学教育学部紀要. 教育科学 69
2019-02-08 発行

戦後初期京都市における器楽教育振興の取り組み

The Development of Instrumental Music Education in Kyoto During the Occupation
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本文言語
日本語
開始ページ
135
終了ページ
146
抄録(和)
本稿は、戦後初期に京都市において展開された小・中学校の器楽教育振興の取り組みについて、占領政策、市教育行政と民間音楽教育団体、楽器生産にかかわる産業の動き等、相互の関係性を視野にいれながら、その過程と実際を検討し、器楽教育振興の成立要因を探ることを目的としたものである。明らかになったことは次の通り。戦後初期京都市の小・中学校では器楽教育が先進的に実現した。この器楽教育振興の要因として、以下の諸条件が整っていたことがあげられる。具体的には、1)京都において、堀川高等学校音楽課程の設置や近畿音楽教育連盟の発足など音楽教育改革が先行していたこと、2)市議会において楽器予算措置と器楽指導員の配置が決定し、楽器と指導者、並びに教材の確保が小・中学校共に実現できたこと、3)文部省の諸井三郎という制度理念の提唱者が積極的にかかわり、器楽教育発足に際しオピニオンリーダーとして牽引力を発揮したこと、等である。こうした取り組みは、占領軍第一軍団軍政部が京都市を新教育のモデル地区としたこと、民間の音楽家・音楽教育家の組織が戦前から既に存在したこと、楽器供給に協力的であった地元企業の日本クロス工業の存在等、戦後占領下という時代と京都市の地域固有の条件が備わり、実現してものといえる。
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